10years

神戸 布引ハーブ園からの眺め

1995年1月17日。
阪神・淡路大震災。
6433人の命が失われ、街が壊されたあの日から
10年が経ちました。

2005年1月17日を振り返り

布引ハーブ園

ここ1週間は、TVや新聞などを通して震災を思い出す事が多くなりました。
現在放映されているNHK連続テレビ小説「わかば」

神戸が舞台となっているこのドラマでは、先週から震災を振り返るシーンが多く描かれています。
いくつかのシーンを見ていると、「ドラマの話だから…」とは思えない事に気づかされました。

この日の放送の始めに、震災の思いを綴った詩「1・17希望の灯り」が読まれてました。
神戸市役所となりにある東遊園地に建立されているモニュメントに刻まれています。

「一・一七希望の灯り」

一九九五年一月一七日午前五時四六分
阪神淡路大震災
震災が奪ったもの
命 仕事 団欒 街並み 思い出
…たった一秒先が予知出来ない人間の限界…
震災が残してくれたもの
やさしさ 思いやり 絆 仲間
この灯りは
奪われた
すべてのいのちと
生き残った
わたしたちの思いを
むすびつなぐ

追悼式のシーンをバックにこの詩が読まれていたとき、
何とも言えない思いを感じました。

神戸の思い出

私は何度か神戸に行ったことがあります。
神戸に始めていったのは、1994年。震災の1年前のことでした。
周遊バスに乗って異人館やハーバーランドを巡ったのですが、
横浜と雰囲気が近くて、初めて訪れた感じがせず、一気にお気に入りの街になりました。

それから1年後の1995年1月17日。
お気に入りの街が…見るに無惨な姿になっていたのをTVで見て、
言葉にならない衝撃を覚えました。

震災から半年後の9月。
私は友達と神戸へ訪れました。震災で打撃を受けた街に観光に行くことが、現地の人たちの励みや支えになるという事を友達から聞いたことがきっかけでした。
新幹線で新神戸まで向かい、ホテルにチェックインした後、いろいろな所へ行ってきました。
街を歩いていくうちに、震災がもたらした現実をあちこちで見なければならなくなりました。
ホテルの窓から見た神戸の街並みです。あちこちで青いビニールシートがかぶせられているし、昼間で天気があまり良くないということもありますが、どこか暗さが残っている感じがします。

南京町の門には、まだ修復工事中のためか、柱の周りにはシートが覆われていました。
風見鶏の館にもビニールシートが…。

しかし、神戸の人たちが頑張って毎日生きているという姿を感じる場面も見られました。それを特に感じたのは、グリーンスタジアム神戸に行った時でした。私たちが神戸に着いた日は、オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)がリーグ優勝へのマジックが1でした。もしかしたら当日券で入れるかも知れない、と思い、球場に向かってみました。しかし、すでにチケットは売り切れ、当日券を求める列も長く、今から並んでも無理ということで観戦を諦めました。球場の周りは人々の熱気であふれてました。これから始まる試合を楽しみに待っている姿を見て、神戸の人たちは「がんばろう神戸」を合い言葉にここまで頑張ってきたんだな、と思いました。

時が流れて1999年の秋。
再び訪れた神戸のハーバーランド。
震災から4年近く経ち、きれいなネオンも戻ってきていました。

しかし、未だに震災の課題が多く残っているという現実があります。
今までの10年が終わり、今日からこれからの10年が始まる。
この日起こった事を忘れないで、毎日大切に生きていきたいと思います。

今週末に旅行に行きます。土曜日は名古屋、そして日曜日は神戸です。
神戸へは地元にある教会の礼拝に出るのと(牧師先生夫妻と友人なので)、佐野元春さんのライブを見に行くのが目的なので、今回はあまり観光は出来ませんが、今の神戸を感じていきたいです。

写真は2005年1月、布引ハーブ園に行った時です。
当時の写真はサーバに入ってないので、見つけたらアップしますね。

この記事を書いた人

Minako 'NEPPIE' Seki

フロントエンドエンジニア(HTMLコーダー)/ブロガー/逆算手帳アンバサダー/ドラゴンズ&ファイターズファン/佐野元春&Paul McCartneyファン/エアロビクス好き/ボディメイク進行中/Mac&Windowsの二刀流使い。詳しいプロフィールはこちら

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